Here We Go!!
オルビス

 船から降りてもまだ地面が揺れているような気がして、次郎五郎は軽くよろめいた。
 見上げた空は青く、白い雲が流れ去っていく。その様子はつい数時間前までいた場所と全く変わらない。
 しかし、周囲に広がる町並みや人々の服装は明らかに異国風で、ここは確かに違う大陸なのだと思い知らされる。
 オルビス。
 それは、一度失われた文明の地であった。


 安宿を探して街を歩いていたのだが、どうやら住宅街の奥へと入りこんでしまったらしい。
 既に夕暮れが近い。
 一旦後戻りすることに決めて、兄弟は踵を返した。
 その瞬間。
「うわぁっ!?」
 金色の光を放つ小さな塊が飛びかかってきて、九十朗は悲鳴を上げた。
 それはとん、と少年の頭に飛び乗ると、その勢いで更に手近な家の屋根へと飛び上がった。
 二人の少年を見下ろして、小さく鳴く。
「……猫?」
「猫だな」
 黒い毛並みで、まだ仔猫と云っていいほど小さい。首輪が、きらきらと金色の光を放っている。
「びっくりしたぁ……」
 まだ少し呆然としてみえる弟にちらりと笑みを浮かべ、次郎五郎が歩き始めようとする。
 と。
 僅かに地響きを感じて、再び足を止めた。
 九十朗もそれに気づき、表情を引き締める。
 慣れない街で、いきなり騒ぎを起こしたくはない。だが、だからこそ用心を怠ることはできない。
 さりげなく剣の柄に手を添え、無言で待つ間にも、地響きはこちらへ近づいてきていた。
 少し先の角を曲がって突進してきたものを、彼らは最初獣かと思った。
 が、冷静にみるとそれは、顔中に髭を生やし、毛皮を身に纏った、信じがたいほどの巨漢だと判別できる。
 凄まじい形相で迫り来る男に、無意識に剣を抜きかけた。
「おお、そこの童!」
 先に向こうから轟くような声で呼びかけられ、思わず二人の顔が引きつる。
 しかしそんなことには全く気づいた様子もなく、巨漢は続けた。
「この辺りで猫を見なかったか?」
「猫?」
 相手とその単語とが咄嗟には結びつかず、訊き返す。
「そう、小さい可愛い猫だ。黒い毛並みの、可愛い仔猫だ。星や月の形をしてきらきら光る首輪をしている、かなり可愛い仔猫なんだ」
「…………親バカ?」
「親バカだな」
 半ば呆れて小声で呟いたのを、男は耳聡く聞きつけたらしい。
「親じゃない!」
「そっちなんだ……」
 とりあえず、そういう猫には心当たりがある。
「それなら、先刻向こうに行ったけど……」
 振り返り、屋根の上を指さす。が、仔猫はもう姿を消していた。
「いないな」
「何てこった! もう夕暮れも近いのに……!」
 男が絶望の叫びを上げる。
 何となく、嫌な予感がした。今までのさほど長くもない冒険者としての経験が告げている。
 小さく目配せし、少年たちはそっとその場を後ずさった。
 が。
「頼む、童ら! ネロを見つけてきてくれねぇか!」
「わぁあっ!?」
 がし、と身体を捕まれて、殆ど悲鳴に近い声を上げる。恐ろしいことに、男は片手だけで、少年一人の胴体をほぼ掴めてしまっている。
 背筋に、嫌な汗が流れた。
 ざわり、と肌が粟立つ。
 心音が、やたらと大きく耳に響いた。
 薄闇の中に追いつめられる感覚が、蘇る。
 動けない逃げられない声が出ない息ができない見えるのはあの顔だけ触れるのはあの手だけ聞こえるのはあの声だけ。
 武器を手にしているのに、力をつけたのに、勇気を教えて貰えたのに。
 ああ、だけど、あれもこんな巨漢だった……!
「……じ、ろ……!」
 振り絞るような声に、薄目を開ける。額に脂汗を滲ませて、弟が震える手を伸ばしていた。
 竦んだ身体を何とか動かし、指先を触れ合わせる。それでようやく安堵して、何とか息ができるようになった瞬間。
「頼むぅううう! 夜になる前に見つけられなかったら、ネロは、ネロはぁあああああ!」
 男はそのままの姿勢で号泣していた。
「………………ええと……」
 呆気にとられて、兄弟が顔を見合わせる。
 見上げるほどの大男に縋られている、という図は、色々と、かなり、きつい。
「いや、あの……。俺たち、この辺り初めてなんですけど……」
 まだ腰が引けているが、とりあえず断ってみる。
「それでも、わしが一人で探すよりはいい筈だ!」
 大声で返されると、一瞬怯む。
「ともかく、こんなことしてる間に探した方がいいんじゃあ……」
 九十朗が、横から助け船を出した。はっ、とした顔で、男が少年たちから手を離す。
「そ、そうだ、ネロ! ネロー!」
 どたどたと遠ざかっていくのを見送って、兄弟は深く息をついた。
「……大丈夫か、九十朗」
「次郎こそ」
 二人が顔を見合わせ、力なく笑みを浮かべる。
「ああ、それからな、童ら」
 ふと足を止め、男は声の調子を変えた。
「夜までにネロが見つからなかったら、童らに責任とって貰うからの」
「何でっ!?」
 絶叫も耳に入らなかったかのように、男は猫の名前を呼びながら去っていった。
 呆然とそれを見つめて、少年たちは肩を落とす。
「……行くか」


 とはいえ、彼らには絶対的に土地勘がない。
 街を歩き回り、出会った人に猫のことを尋ねていくしかなかった。
「ああ、エリックさんの猫ね?」
 鮮やかな色合いの、民族衣装のようなものを身につけた女性が、苦笑した。
「大丈夫よ、いなくなるのはいつものことだから。エリックさんは、ちょっと過保護なのよねぇ……」
 そうは言われたものの、やってみないで駄目でしたとは言えない。
 空が藍色に染まり始めた頃、九十朗が視界の中に小さく光るものを認めた。
「あそこだ、次郎!」
 街のあちこちに浮かんでいる、小さな四阿。その屋根の上で、黒い仔猫が丸まって眠っていた。
 その仔猫のつけている首輪が、夕日の残滓にきらきらと光を放っている。
 周囲に、屋根に登れそうな足場はない。
「いけるか、九十朗?」
「やってみる」
 黒髪の少年は四阿の縁に立ち、小さく飛び上がった。延ばした手が屋根の庇を掴む。
 そのまま懸垂の要領で身体を持ち上げ、上半身を屋根の上へ出した。
 目を閉じたままの仔猫にそっと触れる。
「おお、童ら! 見つかったか?」
 われ鐘のような声が響いた瞬間、驚いたのか、仔猫はいきなり暴れだした。
「うわ……っ!」
 虚を衝かれ、バランスを崩した九十朗は、屋根からずり落ちた。
 道路まではかなりの高さがある。途中に、障害物などはない。いくら身体能力に優れた九十朗でも、ただでは済むまい。
 一つ舌打ちすると、次郎五郎は地を蹴った。目の前を落下していく弟に手を伸ばす。
 相手を掴み、引き上げるためではない。
 そのまま九十朗に体当たりし、二人は共に少し離れた足場へと叩きつけられた。
「いてて……」
「次郎、重い……」
 苦しげな声に、我に返る。しかし、自分の下敷きになった相手を認めて、次郎五郎が呆然とした。
「なに乗ってんのよ!」
 甲高い声と共に、勢いよく押し退けられる。
「……えええええ!?」
 その一部始終を目撃していながら、九十朗が事態を把握できずに叫ぶ。
 自分と兄の身体の間にいたのは、彼らよりも数歳年上だと思われる少女だった。
「それから、あんた! 誰が重いっていうの、誰が!」
 次いで、怒りに満ちた視線が九十朗に向けられた。
 いや確かに細身の兄一人分よりも、兄と少女の二人分の方が重かったのは当然だが。
「大体あんたたちなに? 婦女暴行? 子供のくせに?」
「えっと、あの、ちょっと待っ……」
 状況をさっぱり把握できずに、ただ呆然と相手を見ている。
「まあ、未遂でも暴行犯は死刑確定だけどね……」
「ちょっと待てぇえええええ!」
 不吉な口調で指の関節を鳴らす少女に、絶叫する。
 そして。
「ぶもおおおおおおおおおおおお!」
 突如乱入してきた大型の獣に、狭い足場の上は文字通り狂乱と化した……。



「ああ……。エリックに頼まれてたの」
 空はすっかり暗く、見覚えのない星座が煌めいているのが四阿の柱の間から見える。
 あの後、少女は手慣れた様子で獣を宥めて落ち着かせていた。その頃には三人とも混乱状態からは脱しており、とりあえず少年たちが事情を話し出したところである。
「俺は、頼まれて猫を捕まえようとしてたんだ。その時に屋根からそこの足場に兄貴と二人して落ちた。……あんた、一体どこから俺たちの間に現れたんだ?」
「いたのよ。最初から」
 少女の答えに、少年たちは眉を寄せる。
 何故か得意げな笑みを浮かべ、少女は続けた。
「自己紹介がまだだったわね。私の名前は、ネロ。こっちの雄牛がエリックよ」
「……え?」
 聞き覚えのある名前に、一瞬思考が止まる。
「ええと、猫にあんたと同じ名前つけてたのか、あの人」
 とりあえず、思いつく中でも常識的な推測を口にする。
 だが、少女はその常識を呆気なく破り捨てた。
「違うったら。私は昼の間は猫に姿が変わるの。それで、エリックは夜の間だけ雄牛の姿になるってわけ」
「……へぇー。流石はオルビスだ。動物に変身する種族がいるのかー」
「そんな訳ないじゃない。莫迦?」
「呆れて言ってるんだよ!」
 嫌みを投げ返されて、怒声を上げる。それほど、少女の言葉は非現実的だった。
「嘘をついている訳じゃないわ。私たちは呪いをかけられたの」
 しかし、淡々と告げる少女の瞳は真剣だった。

「私たちは、オルビスの出身じゃなくてね。私はここからずっと遠い土地の、ちょっとした地主のような家の一人娘だったわ。エリックとは子供の頃からずっと一緒に育った仲だった」
 雄牛が大きく鼻を鳴らす。その長い毛足を撫でて、ネロは先を続けた。
「本当に、どこにでもあるような平和な村だった。何が奴らに狙われたのか、今でも判らない。ただ、奴らは一年前にいきなり現れて、あの村を自分たちのものにしてしまった」
 少女が、小さく唇をかむ。
「最後まで抵抗していた私とエリックは、呪いをかけられて追放された。私たちは呪術師の噂を頼りに、三ヶ月前にこの街までやってきたの。……でも、奴の居場所が判っても、全然手が出せない」
 悔しげな表情の少女に同情は覚えるものの、少年たちはさほど関心があった訳ではなかった。
 しかし。
「あの、『凶津星の翼』を名乗る、腐れ外道が……!」
「え?」
 思いもしなかった名前に、つい言葉が漏れる。ふ、と少女が兄弟を見つめた。
「なぁ、次郎、あの人魔法使いだったのか?」
「い……いや、違った……ような、気がするが……」
 しかし、あの人のことだから、何があってもおかしくはないかもしれない。
「あんたたち」
 ひそひそと小声で囁き交わしていた二人が、静かな呼びかけに背を震わせる。
「奴らについて、何か知ってるの?」
「あ、いやそういう訳では」
「知っているのね?」
 それは問いかけではなく、断定だった。少女の周囲に、怒気が渦巻くのが見えるようだ。
 ぐい、と次郎五郎の胸倉を掴み、引き寄せる。
「さあ、きりきり白状なさい! あんたたち、奴とどういう関係なの! 私たちに近づいてきたのは何故!?」
「待てって! 俺たちは今日この街に来たばっかりなんだよ! そんなこと、知る訳ないだろ!」
 二人を引き離すために、九十朗が割って入ろうとする。だが、ネロはそれを一蹴した。
「私たちだって、他の土地からここへ来たのよ。来たばかりだなんて、理由にならないわ」
「……関係者かどうかなんて、判らない」
 静かに、九十朗が口を開いた。
「だから、それを調べるつもりだ」
 その決意に圧されたのか、ネロが掴んでいた手を離した。
「その呪術師に、直接会う必要がある。相手について知っていることを話してくれないか。代わりに、あんたたちの呪いとやらを解くのにできる限り手を貸そう」
 ネロはしばらくの間、胡散臭そうに二人を見ていたが、やがて諦めたように溜め息をついた。
「いいわ。どうせ、手詰まりだったしね。それこそ、猫の手も借りたいくらい」
 流れるような動作で立ち上がると、少女は四阿の隅まで歩いていった。
「あそこに、屋敷があるでしょ」
 オルビスの街の最も高い場所、夜の闇よりもなお暗い影となって、一つの屋敷が浮かんでいた。
「あれが、『凶津星の翼』の屋敷。あの区画にあるのは一軒だけで、周囲は見通しのいい道路になってる。更に魔法によって厳重に守られていて、入りこめる隙は全然ない。塀を乗り越えようとしたこそ泥が、一瞬で丸焼けになった、って話もあるの。私は三ヶ月の間ずっと見張っていたけど、当人は一度も屋敷の外へ姿を見せていないし」
「姿を見せないんだったら、不在って可能性もあるんじゃないか?」
 尤もな疑問を、九十朗が口にする。しかし、ネロは首を振った。
「奴がいる間、街の雑貨屋が食料とか、日用品を配達しているのよ。あの屋敷には奴以外に誰も住んでいないらしいから、不在なら配達を止めるでしょう」
「なるほど」
「実際、動きづらいのもあるのよ。私が人になれるのは夜の間だけで、それじゃ聞きこみも進まない。昼間はどうしてもかなりの時間眠ってしまうし。エリックは昼も夜もこうだから、隠密活動には向いてないしね……」
 彼女は元の場所に座りこんだ。僅かに苦笑して、眠ってしまったらしいエリックの背に触れる。先ほどまでの、怒りによる勢いのよさがなくなった今では、彼女の疲れが目に見えてよく判る。
「つまり、あの屋敷に出入りできるのはその雑貨屋だけなんだな?」
 次郎五郎が、話を引き戻す。
 少女が頷くのに、微かに笑みを浮かべた。
「一つ、確認したい。あんた、その呪いを解くのに、どんな経緯を経ようと構わないだけの覚悟があるか?」
 その声に不吉なものを感じて、ネロは一瞬口を噤んだ。
「……綺麗事なんて、もう一年も前に棄てさせられたわ」
 苦い口調で、返してくる。
「いいだろう。……九十朗」
 弟を見つめる瞳は普段よりも昏く、しかし僅かに物憂げな喜びを含んでいた。
 あの頃の、ように。
「これからしばらくは、良心なんて代物には蓋をしておけ。ひたすらに迅速に確実に獲物を断定して追跡して捕捉して殲滅するぞ」
 ほんの一瞬、九十朗が泣き出しそうな表情をする。
 だが、それはすぐに姿を消した。
「……了解。兄貴」




 翌朝早く、一行は雑貨屋にいた。
「は? なに? あんたたち、客じゃないの? だったら、さっさと帰んなさいよ!」
 ……対応する店員は、何故か果てしなく喧嘩腰だった。

 前夜、雑貨屋に協力を頼む、という策を出した時に、ネロはいい顔をしなかった。
「あそこは陽が沈んだらすぐに店を閉めちゃうから、私もあまり見に行けなかったんだけど……」
 腕組みをして、眉間に皺まで寄せて考えこんでいる。
「ちょっとね、人当たりがよくないっていうか、酷く頑固だっていうか……」
 微妙に言葉を濁すのを、やってみなくては判らない、と強引にやってきたのだが。
 店員は、全くとりつくしまもなかった。
 ネロはそれみたことか、と言いたげに、今は人間に戻ったエリックの頭上から見下ろしてきている。
「いや、とりあえずちょっと話を聞きたいだけなんだけど」
「何だって一緒よ。この店では商取引以外、客に許されている行為はないの。客じゃないのだったら用はないわ」
 不遜な態度でそう言い放ったのは、少年の腰ほどまでの背の高さの、まだ幼さの残る少女だった。
 しかしその少女はふわふわと空中に浮かび、真正面から相手を睨み据えている。
 人間ではない。彼女は、妖精だった。
 妖精というものが、人間に対してあまり好印象を持っていないということはよく判っていたが、彼女はかなり極端だった。
 十数分ほど押し問答を繰り返し、流石に今日は一旦引こうかと思いかけた頃。
「……ねえ、あんた」
 じろじろと、妖精は次郎五郎を上から下まで眺めて、不審そうな目つきで問いかけた。
「先刻から気になってたんだけど、服の下に、何をつけてるの?」
「服?」
 きょとん、として、九十朗が繰り返す。
「何、って……あ」
 薄手の衣の胸元を広げ、覗きこんでいた次郎五郎が呟く。
 そこから引き出されてきたのは、小さなペンダントだった。
 掌に収まるほどの大きさの水晶の中に、緑色の内包物が入っている。それは、まるで小さな森を封じこめたように見えた。
「これは……、〈エリニアの木霊〉? 何で、あんたみたいな人間が持ってるのよ!」
「いや、貰ったんだけど」
 ビクトリア大陸からオルビスに渡るには、エリニアから出航している定期船に乗る必要がある。
 このペンダントは、兄弟が船に乗るためにエリニアへ着いた時に、以前知り合った妖精から、旅の無事を祈るお守りとして渡されたものだった。
「何か、大変なものなのか?」
 不安げに、九十朗が尋ねる。
「それ自体は、別に大したものじゃないわ。アミュレットだから、ちょっとだけ魔術を含んではいるけど。水晶はエリニアの森を象徴していて、いつでも身近に故郷があるという安心感を与えてくれる。それから〈木霊〉という名前は、持ち主はいずれ必ずエリニアへ帰ってくるという意味が籠もってる。まあ縁起担ぎみたいなものね。滅多にいないけど、妖精が旅に出る時には必ず一緒に持っていくの。だけど、まさか人間なんかにそれを渡すなんて……」
「へぇ。あいつがねぇ」
 ちょっと感心した風に、次郎五郎はペンダントを灯りにかざした。
 妖精は不満そうな顔で、数秒間沈黙している。
「……ああもう、しょうがないわね……」
 長々と溜め息をついて、妖精はぼやいた。
「エリニアの妖精が肩入れしてるっていうなら、追い出す訳にもいかないわね。一体、何の目的でここへ来たの?」
「協力してくれるのか?」
 一同が身を乗り出すのに、幼い少女は僅かに後ずさった。
「い、一回だけよ! そう何度も力を貸すとか思わないでよね!」
 慌てて念を押すのも、彼らは半ば聞き流していた。



 雑貨屋の配達が、オルビス一の屋敷を訪れたのは、その夕方だった。
 地面から一メートルほどの高さを、翼を持った妖精が飛んでいる。その背後から巨大な籠が一つ、宙に浮かんでついていっていた。
 大きな屋敷の門まで来て、妖精と籠は止まった。
『配達は明後日ではなかったか?』
 くぐもった声が、どこからともなく響いた。
「ちょっと家庭の事情で、数日店を閉めることになったものですから。腐りやすいものは少なめにして持って参りました」
 クリエルという名の雑貨屋の店員が、淀みなく答える。
 暫くの間を置いて、門が軋みながら開いた。

 慣れたように、妖精は敷地内へ入る。屋敷の裏手に回り、裏口の一つに近づくと、それは自動的に開いた。
 そこは、食料庫だった。暗い、ひんやりとした部屋の隅に、クリエルは籠をそっと下ろす。
 くるりと向きを変えた後は、ちらりとも籠に視線を向けず、彼女は食料庫から出て行った。
 部屋の中が無人になって、十数分ほどした頃。
 音も立てず、籠の蓋が動いた。
 用心深い表情で、中から姿を見せたのは、次郎五郎と九十朗の兄弟である。
 そっと籠から脱出すると、軽く身体をほぐす。
 彼らは、雑貨屋からの荷物に紛れこんで、『凶津星の翼』の屋敷へ潜入したのだ。
 渋々ながら協力する、という言質はとったものの、この計画を持ちかけたときに妖精は酷く狼狽した。得意客を裏切ろうというのだ、無理はない。
 それを何とか宥めすかして、何とかここまで入りこめた。
 しかし、住人がやってくる前には移動しなくてはならない。
 兄弟が歩き出そうとしたとき、九十朗の服が何かにひっかかった。何気なく、視線を下へ向ける。
 今回の作戦のために、九十朗はいつも着用している鎧ではなく、暗い色の、動きやすい服に着替えていた。次郎五郎も同じような格好だ。それでも剣だけは二人とも腰に佩いてはいたが。
 その服の裾に、黒い毛並みの仔猫が、小さな爪を立てていた。
「ネ……ッ!?」
 叫びそうになるのを、何とか堪える。その隙に、仔猫はひょい、と九十朗の頭へ飛び乗った。
「次郎……」
 情けなさそうにこちらを見る弟に、長く溜息をつく。
「とりあえず今は移動しよう。……あんたには、後でじっくり話があるからな」
 睨みつける銀髪の少年に、仔猫は気にした様子もなく尻尾を一度振った。


 クリエルは、配達の時に何度か食料庫以外のところにも行ったことがあるようで、彼らは出発前に簡単な見取り図を書いて貰ってきていた。
 それから判断して、侵入者たちは使われていない客間へと移動した。ここで、屋敷の主が寝静まる時間まで待つ予定である。
 さほど時間も経たないうちに、陽が沈んだ。人間に戻ったネロを、兄弟は苦い顔で見つめている。
「一体何のつもりで、こんなところまでついてきたんだ?」
「あら、あんたたちこそ、どうして私を置いていくつもりだったの? この件は、そもそも私とエリックが当事者だったはずよ。エリックは無理でも、私が立ち会うのは当たり前でしょ?」
 当然のように言い張られて、言葉に詰まる。
「足手まといなんだよ。素人がへまをしたら、どんな事態になるか判らない」
「田舎娘をなめないで貰えるかしら。これでもそれなりに悪さはしてきているんですからね。それに、今の私は半分猫なのよ。隠密活動ぐらいこなせるわ」
「……今は猫じゃないじゃないか……」
 疲れたように、次郎五郎が天井を仰ぐ。
「……エリックさんが大騒ぎしてるんじゃないか?」
「エリックは過保護なのよ」
 最後の足掻きにあっさりと返されて、ますます顔をしかめる少年たちを、ネロは余裕の表情で見返した。
「昼間眠れなかったから、ちょっと仮眠を取るわね。行動開始する時に起こしてちょうだい」
 そう言うと、埃っぽいベッドにごろりと横になる。兄弟は、顔を見合わせて溜め息をついた。

 夜半過ぎ、屋敷の中の灯りが全て消えてから、彼らは動き出した。
 本当に他に住人はいないのか、屋敷内の状況はどうなのかを探るため、音を立てないように屋敷の中を動き回る。
 人の気配は、ない。
 どうやらこの屋敷の主は家の周囲の防御ばかりを気にしていて、屋敷内については全くの無防備であるようだった。
 夜明けまで一時間ほどとなった頃、ようやく彼らは呪術師の寝室へ辿りついた。
 ゆっくりと、ゆっくりと扉を開く。
 天蓋つきの寝台の真ん中に、男が一人眠っていた。
 かなりの小男だ。薄くなった髪を丁寧に撫でつけているらしい。顔や体つきから、小太りの兆候が伺えた。
 兄弟にとっては、知らない男だ。無言で、後ろについてきていたネロに目を向ける。
 彼女は、強ばった顔で、一度頷いた。
 九十朗が、すらりと大剣を抜き放つ。寝台の中央をめがけ、剣先を斜めに叩きこんだ。
「うわぁああああああっ!?」
 その衝撃に、小男が悲鳴を上げつつ目を覚ます。視界に鈍く光る剣を認めて、飛び起きようとした身体が竦んだ。
「おはよう、『凶津星の翼』。二つ名はそれで合っているか?」
 冷静な声で、次郎五郎が尋ねる。
「な、何者だ貴様ら! 私を『凶津星の翼』と知って、何の真似だ!!」
「静かにしてくれ。お前に、ちょっと用事があって来たんだ。協力してさえくれれば、大して危害は加えないさ」
 兄のその言葉に応じるように、九十朗が大剣の柄を逆手に握った。剣の切っ先は寝台に潜りこみ、おそらく男の身体のほぼ真下にあると思われる。彼は、いつでもそれを跳ね上げることができるのだ。
 ごくり、と唾を飲みこんで、男は乾きだした唇を開いた。
「用事とは、何だ」
「彼女を知っているな?」
 窓から差しこむ月の薄明かりの中、ネロが進み出る。眉を寄せてそれを見つめていた男が、はっと息を飲んだ。
「彼女ともう一人に呪いをかけただろう? ああ、いや、聞きたいのはその是非じゃない。その呪いを、とっとと解いて貰いたい」
「し……しかし、それは……」
「解けるかどうかという是非を聞いている訳でもないんだがね」
 九十朗が、腕に力を入れた。ぎし、と寝台が不吉に軋む。
「わ、判った! しかし、用意が要る。ここから出てもいいか?」
「命令して頂ければすぐさまお持ちしますよ、『凶津星の翼』殿」
 小馬鹿にしたように、次郎五郎がひょい、と会釈する。憎々しげにそれを睨みつけて、男は片手を上げた。
「あの壁際に、櫃がある。その中に、赤い石版と黒の袋が二つ入っているのだ。それを持ってきて貰いたい」
 次郎五郎が踵を返した。警告するように弟に視線を向けて、櫃へと歩み寄る。
 無造作に長剣を抜いて、彼は櫃に手をかけた。
 開けたその中には、言われた通りのものが入っている。
 片手でそれを持ち上げ、少年は戻ってきた。
「これか?」
「ああ。渡してくれ」
 差しのべた手のすぐ上に、長剣が煌めいた。
「ひっ!」
「おかしな真似をしたら、すぐさま八つ裂きになると思え。お前は今、二本の剣に狙いをつけられている」
 ぎこちなく頷くのを確認して、相手に品物を渡す。
 男は震える手で布袋を開き、石版の上に中身を取り出した。
 中から出てきたのは、二つの胡桃に似た木の実だった。しかし、殻の一面に赤い文字で呪が彫りこんである。
 男が、低く呪文を呟きながら、それを両手に持って力をこめた。それはあっけなくぱきん、と割れる。
 もう一つの方も同様に割り、男は大きく息をついた。
「これで呪術は解けたはずだ。もういいだろう」
 ネロの方へ、視線を向ける。少女は、不安そうな表情で立っていた。
「夜明けがくるまで、本当に解けたかどうか判らないからな。しばらく待たせて貰おう。その間、ちょっと世間話でもして時間を潰そうか」
 次郎五郎が、剣を納める。
「世間話、だと?」
 用心深く、男が繰り返した。
「ああ。……お前は、『凶津星』とどういう関係だ? まさか、本当に『翼』じゃああるまい?」
 意図をのみこめず、ネロが小首を傾げた。男の顔色が更に青くなる。
「許しも得ないで『凶津星』を名乗る者は、ただじゃすまされないぞ?」
「いや、私は本当に『凶津星』の一員だ」
「だが、『翼』じゃないだろう。掌に、印がなかった」
 びくりとして、慌てて掌を握りこむ。
「なんだ……。下っ端か」
 つまらなさそうに、九十朗が呟いた。
「下っ端でも、ある程度のことは知ってるだろう。……世間話をしようじゃないか」
 少年の声が、一段と低くなる。
「今、『凶津星』はどこにいる?」

「それは言えん……」
「九十朗」
 次郎五郎の言葉に、再び九十朗は剣の柄に力をこめた。僅かに寝台が動いて、男が慌てて首を振る。
「いや、知らんのだ! 知らぬものを教えることなんてできん!」
「でも本当は知ってるかもしれないだろう。勿論、こっちが間違っていたら後で謝るが、その頃には多分お前は真っ二つになって床に転がってるだろうからな」
 その、酷薄な声に、ネロが怯む。
「判ったら記憶を総浚いして早く思い出せ。『凶津星』は……、あの人は、どこにいる?」
「あの、人……?」
 一瞬惚けたような表情になると、次の瞬間、男は哄笑した。
「何がおかしい?」
「ふ。思い出したのだ。貴様たちのことを、聞いたことがある」
 眉を寄せて、次郎五郎は沈黙した。
「先ほどから人のことを下っ端だの何だのと言ってくれたが、貴様たちはその下っ端にすらなれなかったのではないか?」
「黙れッ!」
 九十朗が、叫ぶ。
 だが、男の声は止まらない。
「哀れな出来損ない、なり損ないの兄弟よ! 貴様たちは、あの方の役に立つこともなく棄てられてしまったのだろう?」
「黙れと言っている!」
 ぎし、と大剣が軋んだ。
「あの方が自ら、酒の肴に貴様たちのことを笑っていたのだ! 拾われて、希望のみを与えられて、挙げ句、期待に応えられずに棄てられた、屑のような子供たちだとな!」
「黙れ、黙れ、黙れ黙れ黙れッ!!」
 喉を灼くのは怒声か、嗚咽か。
 剣の柄を握りしめた手の関節は、既に色を失っている。
「貴様たちが探していることを、シロ様が知ったらどう思われるだろうな?」
「……お前がその名前を呼ぶなッ!」
 怒りで、目の前が真っ赤に染まる。
 この剣を動かせば、この男はすぐに黙るだろう。
 それだけの武器だ。今の自分なら、力も、技量もある。
 なのに、それができないのは。
 勇気がないからなのか……?
 男の哄笑が止まない。
「もういい、九十朗」
 静かに、次郎五郎が告げた。
 九十朗が、ふっと力を抜いて、兄を見つめる。
 銀髪の少年が、いつの間にか抜き放っていた刀身の周囲が、白く濁って見える。
 彼の視線は、その冷え切った空気に負けず、冷たい。
 ただ見据えられて、呪術師の笑いが凍りついた。
「貴様はもう喋るな。……死ね」

 勇気が、ないのか。
 それとも。

 良心を、捨てきれないからか。


「馬鹿な!」
 大きく目を見開いて、男は絶叫した。
「冷気を帯びた剣だと!? そんなもの、伝説でしかない!」
「喋るなと言った筈だ」
 微塵も動揺を見せない声で、次郎五郎が告げた。
 一瞬で、その剣が男へと迫る。
「……っ!」
 脅しすら飛び越えた殺意を感じて、男が息を飲む。
 まだ開けていない袋を掴み、口早に一言叫ぶ。
 瞬間、室内に光が溢れた。
 目が眩み、ほんの数瞬、剣の動きが遅れる。
 次いで、ガラスの砕ける音が響く。
 痛みすら覚える目を、懸命に開く。窓の外に、小さな鳥が飛び去って行くのが見えた。
 男の姿は、ない。
 舌打ちをして、次郎五郎が窓に駆け寄る。懐から、小さなナイフが滑り出た。
「……駄目だ、次郎!」
 次郎五郎の動きが止まる。背後から、弟が彼にしがみついていた。
「何の、つもりだ?」
「駄目だよ、次郎。殺しちゃ駄目だ」
「昨夜言ったことの意味が判っていないのか?」
 淡々と、責めるかのように続けられる言葉。
 だが、弟を振り払うことはしない。
「でも駄目だ。そんなことしたら、俺たち、本当にあの人に顔向けができなくなる」
 兄の身体から、力が抜ける。
 男の言葉よりも、もっと深く、彼らは捜し人のことを知っていた。
 彼の温かい手を。優しい眼差しを。楽しげな笑い声を。
 その思い出は、揺らがない。
「……そうだな、九十朗。悪かった」
 ナイフを構えていた手が、下ろされる。
「……部外者が口出しして、悪いんだけど」
 ようやく我に返ったように、ネロが口を開いた。
「先刻のあんたが良心を捨ててたっていうなら、あの腐れ呪術師よりも質が悪いと思うわよ」
「恩人に向かって酷い言いようだな」
 苦笑して、次郎五郎が向き直る。
 その姿は、普段と全く変わりがなかった。
「恩人?」
 きょとん、と問いかけられるのに、次郎五郎は親指で窓の外を示す。
 夜明けの光が、オルビスの空を染めていた。
 少女が、信じられないという顔で、自らの身体を見下ろす。
「変身していない……!」
「やったな、ネロ!」
 ネロと九十朗が歓声を上げた、その時。

 轟音を立てて、屋敷を囲む塀が炎上した。


 呆然として、三人が燃え盛る炎を見つめている。
 塀は、頑健な石で作られていた。それがあれほど燃えているということは、炎はかなりの高温となっているはずだ。
「聞け、オルビスの民よ!」
 上空から轟いた声が、夜明けの空気をびりびりと震わせた。
「『凶津星の翼』の屋敷に賊が侵入した! 奴らを捕獲し、我が前へ引き摺ってくるがいい! できなければ、この街は恐ろしい災厄に見舞われるであろう!」
「……あんの、野郎……っ!」
 九十朗が歯噛みする。
「あれでも、俺よりもあいつの方がまだましか?」
「……前言撤回するわ」
 ともあれ、ここから一刻も早く脱出しなくてはならない。三人は、屋敷からの出口へと向かった。
 しかし、塀はぐるりと屋敷を取り巻いている。出口は正面の門一つきり。街へと抜ける道があるのは、その先だけだ。
 庭に出て、耳を澄ませる。夜明け直後という時間で、まだ集まってきている人数は少ないが、それもすぐに増えるだろう。
「でも、どうしたらいいの? あの男、街全体に呪いをかけるだなんて」
「いや、多分それはハッタリだ。あんたたち個人にかけた呪いですら、呪具が必要だった。街一つなんて大規模な呪い、そう簡単にはできないし、そもそもそんなことをできる技量があるなら、奴はとっくに下っ端じゃなくなってる」
 しかし、街の人々はそんな判断はできないだろう。ならば、あの呪術師の言葉に従わないなどという楽観的な見方はできない。
「彼らが突入するのをやり過ごして、人混みに紛れて逃げるか……?」
 だが、全く見つからないという保証はない。
 苛立たしげに周囲を見回していたネロが、鋭く顔を上げた。
「どうした?」
 尋ねた九十朗も、すぐに視線を屋敷の裏へ向けた。
「……ネロ……! ネロ!」
 塀の向こう側から聞こえてくる声。
「エリック!」
 少女が駆け出した。呼び声は、すぐに近くなる。
「無事か、ネロ!」
「大丈夫。だけど、ここから出られないの」
「判った、下がっていろ」
 ネロが身振りで、兄弟に促した直後。
 みしみしと音を立てて、燃え上がる塀が揺れた。
「……………え……?」
 呆気にとられる兄弟の前で、塀の一部が崩れ落ちる。
 その向こう側には、顔を真っ赤にした巨漢の姿があった。
「……無茶苦茶だ……」
 呆然とする二人をよそに、ネロがエリックに抱きつく。
「おう、元に戻ったのか! よかったなぁ、ネロ!」
 顔をくしゃくしゃにさせて、男は少年たちに視線を向けた。
「童らも、ようやってくれた! ありがとうなぁ」
 礼を言われた二人は、顔を見合わせて苦笑する。
 だが、塀の外のざわめきが近づいてくるのを察して、彼らの顔が強張った。

「二人とも、早く逃げろ!」
 九十朗の指示に、エリックがすぐに身を翻す。
「待ってよ! あんたたちは?」
 動こうとしない兄弟に、ネロが声をかけた。
「俺たちはこれから正門を突破する。そっちに人を引きつけるから、あんたたちは何とか人の間に紛れこめ。いいな?」
「でも……!」
 それ以上の抗議は聞かず、少年たちは踵を返して走り出した。
 懐から、服と同じ色の長い布を取り出し、器用に顔に巻いていく。
 特に目を引く銀髪を、次郎五郎は念入りに隠した。
「しかし、夜が明けちまったら、目立つなこの服……」
 ぼやく兄に、弟は小さく笑う。
 そして彼らはその勢いのまま、鉄製の門扉を蹴破った。



 太陽は、中天を過ぎた。
 雑貨屋の前のベンチに、ぼんやりとネロとエリックは座っていた。
 あれから、彼ら二人は何とか人目に触れずにあの区画を脱出した。そして、ひたすら遠回りをしてここまで戻ってきたのである。
 この店には、あの兄弟の荷物がある。無事であれば姿を見せるに違いない。
 しかし、怒りを隠そうともしない店員に一時間もしないうちに追い出され、それからずっとここに座っているのだ。
 昨夜一睡もしていない、というエリックは既に船を漕いでいる。
 オルビスの街は、普段よりもざわざわと不安げだが、それでも大きな騒ぎは起きていない。
「……まだいたの」
 溜め息混じりの声が聞こえて、視線を向ける。
 妖精が、呆れた表情で傍に浮いていた。
「あんたに迷惑はかけてないでしょ」
 つん、とした表情で返す。
「ここにいたって、無駄よ。あの子たち、もう街を出たわ」
 クリエルの言葉に、目を見開く。
「どういうことよ……」
「裏口に放りだしておいた荷物がなくなってるもの。それに、〈エレニアの木霊〉が聞こえなくなったわ。最後に聞こえていた方向からして、多分船に乗ったのね」
 彼女は呆然とし、怒りの声を上げようとして、やめた。
 でてしまった船に追いつく方法など、ない。
「あーあ……。ちゃんと、お礼ぐらい言いたかったのにな」
 呟く少女を、クリエルは腰に手を当てて睨みつけた。
「判ったら、あんたたちもさっさと故郷へ帰りなさい。ここにずっと居座られると、迷惑なのよ」
 その、とってつけたかのような言い訳に、少女は思わず苦笑した。

 
2007/07/18 マキッシュ