Here We Go!!
地球防衛本部

 二つの浮遊大陸を繋ぐその塔は、エオス塔と呼ばれていた。
 百ものフロアの半分ほどにモンスターが出現する。時折ある、安全なフロアで短い休息をとりながら、兄弟は二日をかけてそれを下った。
 窓はあるとはいえ、薄暗い石造りの塔から外に出て、眩しさに目を眇める。
 気を抜いていたその瞬間、突如、鈍い金属音が周囲を取り囲んだ。
 迷彩を施された幾つもの砲門がこちらへ真っ直ぐ照準を合わせている。
「ようこそ、志願兵の諸君。両手を頭よりも上へ挙げてから門まで進んでくれたまえ」
 雑音混じりの声がそう告げる。数秒間互いに見つめ合って、兄弟は腕を挙げた。


「……なるほど。そういう事情か」
 ここは、地球防衛本部の文字通り中心。一際高い場所に建設された本部前の広場に、最高司令官であるマエスター将軍は立っていた。
 そこへ連行された兄弟から渡された、ルディブリアムのカホよりの書面を読み終えての一言である。
「しばらく物資が届かなかったから何かと思っていたが。反逆者が出ていたということならば、こちらからも援軍を送らねばならんだろうな」
「いやそこはもう解決したので」
 今行ったとしても、兵士は何の役にも立たないだろう。そうか、と呟いて、将軍は二人の少年に視線を落とした。
「では、地球防衛軍は改めて志願兵を歓迎する」
「いやいやいや違いますから!」
 慌てて九十朗が声を上げる。不審そうな将軍にかなりの圧力を感じながら、次郎五郎は口を開いた。
「ですから俺たちは、カホさんからついでにそれを届けて欲しいと云われただけで、志願兵になりにきた訳ではないんです」
「そうか。しかし、兵士になれない訳ではないだろう」
「いえなれませんから」
 きっぱりと断る少年に、将軍は肉食獣のような笑みを浮かべた。
「そうは言うがな。この本部へ足を踏み入れた者は、例外なく志願兵扱いとなることになっておるのだ。観念して任務に就くといい」
「そんな話、聞いたこともない……!」
 激昂しかけた少年に、幾つもの銃口が向けられる。ここへ来る前に既に武器を取り上げられていた二人は、一瞬竦んだ。
「無論だ。それは、我が軍の最高機密の一つだからな。では下がっていいぞ」
 将軍の背中には、もうとりつく島もなかった。


 暗い建物の内部は、露出した鉄骨があちこちから突き出ていた。時に高く低く、金属音が反響している。
 次郎五郎が、入り口脇の内線電話を取り上げた。
「ケイさんにメッセージを届けに来たんですが」
「一番下にいるよ。降りてきて」
 ぶっきらぼうな声がそれだけを告げて、切れた。
 二人は手近な梯子へと足を進めた。無意識に剣を抑えようと片手を腰に延ばし、その手応えのなさに小さく舌打ちする。
 最下層には、油に汚れた作業服の人影が一つ見えた。何かを溶接しているらしく、強烈な光を放つ火花が飛んでいる。
「ちょっと待ってて。もうすぐ一段落するから」
 くぐもった大声に、彼らはそのままその様子を見守っていた。
 数分後、ようやく相手が工具を置いた。がしゃん、と音を立てて保護面が頭上へずらされる。手袋を外しながら、彼らを見上げて口を開く。
「ボクがケイだけど。メッセージって、誰から?」

 カホからのもう一通の書状を、ケイは丁寧に開いた。一瞥して、溜め息をつく。
「頼んでおいた機材がくるのが遅れる理由を、君たちに訊いてくれって書いてるんだけど」
「……あの人も結構いい加減だな……」
 まあ、街の復興へ向けたあれだけの騒動の中では、詳しく書いている時間もなかったのだろう。彼らは、手短にルディブリアムでの出来事を彼女に話した。
「カホさんたちは、無事だったの?」
 心配げに眉を寄せて、ケイが尋ねる。
「ああ、大丈夫。怪我はないし体調も悪くないらしい。尤も、今は仕事が山積みで大変だろうけどね」
「そう……。よかった」
「カホさんと親しかったのか?」
 安堵の息を漏らす相手に、九十朗が尋ねる。
「会ったことは、二・三回しかないよ。あの人は凄い人だから。全世界のエンジニアの憧れなんだ。……ボクも、いつかルディブリアムで働いてみたいんだけどね」
「それが夢なら、どうしてここにいるんだ?」
 何の気なしに尋ねた言葉に、ケイはすっと顔を引き締めた。
「決まってるじゃないか。ここが、平和じゃないからだよ」

「そういえば、君らは志願兵じゃないの?」
 無造作に工具をまとめながら、ケイがそう尋ねる。
「そういうつもりじゃ全くなかったんだけど……」
 嘆息しつつ、次郎五郎が零した。
 彼らは、先ほど強制的に連行されそうになったところを、ケイへの手紙を届けるという名目で一旦解放されていた。おそらくここを出ると、抵抗する術もなく徴兵コースへまっしぐらだろう。
「ご愁傷様」
 小さくくすくすと笑いながら、赤い前髪の下から悪戯っぽい瞳が見上げてくる。
「何でそんなに人が必要なんだ? 見たところ、随分人数はいるようだけど」
 少年たちは、長くもない距離を進む間にかなりの兵士を見かけている。九十朗の問いに、ケイは肩を竦めた。
「人手なんて、幾らいたって足りないよ。ここは、人類防衛のための最前線であり、最終ラインなんだ」
「人類防衛?」
 訝しげに繰り返した二人を、呆れたような視線が返ってきた。
「あー……。でも、うち、あまり広報とかしてないしなー……。一般人の認識はこんなものか」
 ぎゅ、と帽子を被り直し、ケイが立ち上がる。
「ちょうどいいから、ついておいでよ。詳しく話してあげるからさ」


 ケイが向かったのは、本部の最上階の一室だった。大きな扉の前に立つと、僅かな空気音と共にそれが素早く開く。
「ポーター、いる?」
 その呼びかけに、部屋にいた一人の人間が飛び上がった。焦って振り向いたのは、二十歳を少々過ぎたぐらいの男だ。分厚い眼鏡をかけ、黒い髪を七三で分けている。
「なんだ、ケイさんか……。びっくりした」
「またサボってたの? カホさんから連絡きたよ。資材、ちょっと遅れるって」
 にやにやと笑いながら、からかうように声をかける。胸を押さえていた男は、大袈裟に天を仰いだ。
「冗談でしょう? ただでさえ期日が迫ってるっていうのに」
「ま、その辺は将軍も知ってるらしいから。ドクターも厳しいこと言わないでしょ」
「あの人がそういうことを考慮してくれたら、苦労はしないんですよ」
 がっくりと肩を落とす。どうにも、いちいちリアクションが大きい男だった。
 くすくすと笑いながら、ケイは戸惑う二人の少年を前に押し出した。
「ところで、ちょっと頼みがあるんだ。この二人、今日来たところなんだけど、ざっとここの状況とか話してあげてくれない?」

 部屋の奥のソファに一行を導くと、ポーターは照明を落とした。
 いつの間にか陽はすっかり沈んでいて、壁に開いた大きな窓には一面の星空が映っている。
「あの光は一体なんだと思いますか?」
 人数分のコーヒーを紙コップに入れて、ポーターが差し出した。意外とマメな男だ。
「星だろ」
 あっさりと答えられたのに、薄く笑みを浮かべる。
「ええ。ですが、星、と呼ばれるものが一体何なのか、それは全く判っていません。僕が好きなのは、あの光は浮遊大陸だという説ですね。大陸自体に発光する要素は全くない訳ですから、学説というよりはお伽噺に近いのですが。ですが、この無数の光一つ一つの中に多くの人々が生きている、と考えるとわくわくしませんか?」
「大陸か……」
 小さく呟いて、空を見上げる。
「あの中のどれかが、オルビスだったりビクトリア大陸だったりするのかな」
 カップに口をつけながら、九十朗がしみじみと言った。
 全員が何となく無言で星を見ていた。
 十数秒後、さて、と呟いてポーターは居住まいを正した。少し開き気味の膝に肘を乗せ、指を固く組み合わせる。
「この地球防衛本部の外側には、奇妙な生物が存在します。モンスターと呼ぶのも少し違う。彼らは高度な道具を使い、明らかな知性がある。……我々は、彼らを異星人と断定しました」
「異星人……?」
 聞き慣れない単語を繰り返す。
「星、というものの定義すら明確でない時点で決めつけるのは乱暴ですが、時間がなかったのですよ。どうやらこの地固有の生物ではなく、どこか違う場所からやってきたらしい。彼らの目的は、我々人間を武力で以て制圧し、世界を支配下におくことです」
 その言葉に、兄弟が息を飲む。
「……僕たち地球防衛軍は、それを阻止するためにここへ基地を設立しました。ここは異星人の侵攻に対する最前線基地であり、同時に最終ラインでもあります。万が一ここを突破された場合、人類に彼らを止める術はないでしょう」
「そんな、ことは……」
 弱々しく反論しかけた次郎五郎を、ポーターは分厚い眼鏡の奥から鋭く見つめ返す。
「では、ここ以外の街で、防衛軍のように組織された軍のいる街がありますか? この真上の街、ルディブリアムは機械人形で多少の防衛策は敷いていますが、それでも異星人を食い止められるほどのものではない。何しろ、元々が夢の国です。期待するだけ無理でしょう。他の大陸の街は、基本的に平和ボケしている。異星人の侵攻なんて、想像もしていない。……まあ、これは元々機密事項なので一般には知られていないせいでもあるのですが」
 そこまで言って、男はふと肩の力を抜いた。
「という訳で、この防衛本部では人手がいくらあっても足りないのですよ。それに、機密事項を知った人間をほいほい外へ出す訳にもいきませんしね。だから、ここへやってきた訪問者たちは、全員強制的に徴兵し、一定期間過ぎて、事態を飲みこんで貰ってから解放するかどうか決めるようになっているのです」
「一定期間、ってどれぐらいなんだ?」
 眉を寄せて、次郎五郎が尋ねる。
「早くて二年ぐらい。下手をすると十数年ですね」
 その返事を聞いて、九十朗がぐったりとソファにもたれかかった。
「そんなにここにいられるかよ!」
「参ったな……」
 次郎五郎が必死で頭を働かせるが、波風を立てずにここから脱出する方法は思いつかない。今は友好的だが、目の前の二人も彼らが逃げ出そうとするならそれを阻止する方へ動くだろう。強硬手段に出るとしても、この基地の設備を見る以上、たった二人の少年をみすみす逃すほどザルだとは思えない。
「嫌がるのは本当の志願兵以外はみんなだけど……なんか理由でもあるの?」
 紙コップを両手で持ちながら、ケイが尋ねる。
「俺たち、人を捜してるんだよ。あまり一つの場所で長居するつもりはないんだ」
 九十朗の答えに、ふぅん、と気のない返事を返す。そのまま、ケイはポーターへ向き直った。
「ね、あれがあったじゃない。特別措置。この子たちに、あれを適応してもらうっていうの、どうかな」
「この子ぉ?」
「特別措置って?」
 九十朗が怒りの混じった声を上げるが、それは兄の質問に途切れた。顔だけ向けて、ケイが頷く。
「うん、ちょっと特殊な任務を果たすことで、兵役期間の代わりにしてもらうの。危険は多いけど、早い人は三日ぐらいで終わらせてたよ」
「三日?」
「それだ!」
「ちょ、ちょっとみんな落ち着いて。ケイさん、それは無理だよ」
 色めき立つ兄弟を、焦ったようにポーターが宥める。
「何で?」
「そもそも、それは本当に自分から志願してきた人か、強制的に徴兵した人でも一年以上ここにいた人にしかできない任務じゃないか。彼らは対象外だよ」
「えー。ボクそんな詳しい規定知らないし」
 とぼけた顔で、ケイが告げる。困ったように眉を下げる男に、小さく片目を閉じた。
「でね。アレだよ。小型機の捜索。アレをやって貰わない?」
 すっ、とポーターの表情が真面目になった。眉間に深い皺が刻まれる。
「アレ、ですか……。なるほど」
「話が読めないんだが。俺たちが関わることなら、きちんと説明してくれないか」
 憮然として、次郎五郎が割りこんだ。ケイとポーターは一瞬視線を交わし、頷き合う。

「一ヶ月近く前のことなんだけどね。定期的に偵察に行っていた小型機が行方不明になったんだ」
 暗い瞳で、ケイが話し出す。
「乗ってたのは、ロビンソンっていう、まだ若い兵士。飛行艇の操縦の腕は群を抜いていて、若手のホープと言われてた。無くすには惜しい人材だし、当然、すぐに救助隊を出すんだと思ってたんだけど……」
「出されなかった?」
 先回りして尋ねる。大きく溜め息をついて、ケイは残ったコーヒーを一気に飲み干した。
「そ。墜落したらしい場所が、あまりにも基地から離れすぎていて、救助隊が危険に晒されるからっていう理由だった。だけど、ロビンソンはボクたちの仲間なんだ。見殺しになんて、できないよ……!」
 軽い音をたてて、小さな掌の中で紙コップが潰れる。
「気を悪くしたら悪いんだが、それは一ヶ月近くも前のことなんだろ? そんなに長く、そこで生き延びていられる要素があるのか?」
 九十朗がおずおずと尋ねる。
「……判らないよ。確かに非常用食料とかは一週間分ぐらいは積んでるから、それを持ち出すことができて、森の中とかに上手く潜んでいられれば、あるいは……」
 つまり、可能性は酷く低いのだ。
 しかし、そのことよりも。
「救助隊を出さない、と決めたのは、軍の決定だよな? それで、今、救助隊を出そうというのは、軍からの指令じゃないんだろう?」
 次郎五郎の指摘に、ケイとポーターはあからさまに怯んだ。
「え?」
 話の流れが飲みこめなくて、九十朗が兄を見つめる。やや不機嫌な顔で、次郎五郎は続けた。
「つまり、命令違反だな。俺たちが新入りだからといって、そんなことにいいように使われるつもりは全くないぜ」
「一旦基地から外に出てしまったら、どんな任務かなんて誰にも判らないよ。ボクとポーターが特別措置が利くように命令書とかは上手く作るし、そうすれば二・三日で君たちはここから出ることができる」
 縋るような瞳で、ケイが懸命に言葉を紡ぐ。
「ロビンソンを救けられるものなら救けたいんだ。お願いだよ、力を貸して。この通りだから」
 深々と、ケイが頭を下げる。むっつりとそれを眺めていた次郎五郎が、小さく溜め息をついて弟へ視線を向けた。
「どうする、九十朗。引き受けるか?」
 九十朗が、ゆっくりと他の三人を眺め渡した。
「断るなら今のうちだ。いっそ今の造反の話を将軍に持っていったら、功績を上げたとして解放してくれるかもしれないしな」
 その言葉に、二人が身体を震わせる。そういったことは全く考えていなかったらしい。
 世界を背負っているというには、あまりにも、甘い。
 だが。
「……もう、次郎はどうするか決めてるんだろ?」
 小さく笑いながら、九十朗は尋ねた。
「まあ、な」
 にやりと笑うと、兄は身を乗り出した。
「いくら何でも、作戦の叩き台ぐらいはできてるんだろうな?」


 一時間後、兄弟は軍服の調整という理由で身体の寸法を測られていた。そういう機会のなかった九十朗は、鎧下だけの姿でもぞもぞしている。
「背中真っ直ぐ伸ばして!」
 ポーターが少し苛立ったように注意する。
 ソファでその様子をぼんやり見ていた次郎五郎が、ふと尋ねる。
「あんた、この辺のことは詳しそうだな」
「え? ええ、まあ。調査結果は、全部一度はこの研究室を通過するんですよ。だから、大抵のことには目を通していますけど」
「ふぅん……。じゃあ、『凶津星』って名前を聞いたことはないか?」
「『凶津星』……。ああ、ビクトリア大陸の神話ですね」
 さらりと答えられて、次郎五郎は小さく天を仰いで溜め息をついた。その程度の知識しかないなら、求める答えは得られないだろう。
 少年に背を向けているため、その様子には気づかず、ポーターは更に続ける。
「あれも色々と興味深い神話ですよね。僕、凶津星の正体は異星人の襲来じゃないかと思っているんです。……勿論、根拠のない思いつきですけど」
「異星人ね……」
「だったら、この大陸にも、遙か昔に凶津星が落ちたのかもしれないですねぇ」
 次郎五郎は眉を寄せ、それきり黙りこんだ。


「起きてください、二人とも。もうすぐ出発ですよ」
 研究室の奥の仮眠室で寝ていた兄弟は、ポーターに揺り起こされた。
「ん……。今何時ぐらい?」
 伸びをしながら、九十朗が訊く。
「夜明けの二時間ほど前です。用意が色々ありますし、夜が明けきる前に基地を出た方がいいですから。……次郎五郎さん?」
 まだ寝息を立てている兄の身体を、再び揺らす。九十朗がひらひらと手を振った。
「あー、次郎はそんなんじゃ起きないから。俺が起こすよ。出てて」
「あ、はい」
「……何が聞こえても、覗かない方がいいよ」
 何故だか嫌な予感がして、ポーターは早々に部屋を出て行った。

 十分ほど後、兄弟が研究室へ姿を見せる。
 普段の三割増しでむっつりした表情のまま、無言で次郎五郎はソファへどすんと腰掛けた。
「……大丈夫ですか?」
 小声でポーターが九十朗に尋ねる。
「平気、眠いだけだから。コーヒー貰っていい?」
「あ、はい。どうぞ」
 九十朗は漆黒の液体をコップに注ぎ入れ、兄の前に置く。少年はぼんやりとそれを掴んで、ゆっくりと飲み干した。
 徐々に彼の瞳の焦点が合ってくる。
 突然、電話の呼び出し音が室内の静寂を切り裂いた。慌てて、ポーターがそれに飛びつく。
「はい、研究室……」
『用意できた?』
 きびきびと放たれる声は、馴染み深いエンジニアのものだ。
「あ、先ほど起きてこられたので、これから……」
『遅い! 三十分後には出るからね!』
「って、無理ですよ、ケイさ……」
 一方的に切られた電話を戻す。男は兄弟の視線が自分に注がれていることに気づいて、身体をびくりと震わせた。
 じっと、次郎五郎がポーターを見上げている。
 その圧迫感に、男は僅かに後ずさった。
「…………………………おはよう」
「……おはようございます……」
 思わず肩を落とした研究員をよそに、次郎五郎は大きく欠伸をした。

「きついところとかありませんか?」
「大丈夫……だと思う。けど、動き辛そうだな」
「セットすればそうでもないですよ。伸縮性がかなりありますから」
 兄弟の体型に合わせて調整されたスーツを着せながら、ポーターが背中のジッパーを上げていく。身体に張りついてくるそれは、酷く違和感があった。
「次郎五郎さんの髪の長さは中途半端ですね……」
 肩より少し長い程度の銀髪を見て、ポーターは眉を寄せた。
「まずいのか?」
 殆どいつも通りの態度に戻った次郎五郎が、背後を向きながら尋ねる。
「前を向いていてください。……まあこの程度なら、ヘルメットに入れれば大丈夫だと思いますよ。問題はあっちですね」
「あっち?」
「動かないで」
 首の後ろに取りつけられた器具から、小さな空気音が漏れる。瞬間、僅かのゆるみもなく、スーツがぴたりと身体に密着した。
「どうですか?」
 かちり、と小さな音を立てて首筋の器具を外す。次郎五郎が剣を振るような動作をした。
「なるほど。動き辛くはないみたいだ」
 小さく笑みを見せて、ポーターが待っていた九十朗へと歩み寄る。
 数分後、微かな機械音と共に扉が開く。
「ごめん、ポーター。後ろお願い」
 そこには、兄弟と同じスーツを着たケイが立っていた。昨日は編んでいた長い赤毛はほどかれ、真っ直ぐに背中に流れている。
「ケイさんが着ると、髪が大変なんですよ……」
 溜め息混じりに、男がぼやく。
「仕方ないでしょ、ボクのはメットに入る量じゃないんだから。……手、離せない?」
「もう少しです」
 頷いて、ケイは次郎五郎を手招きした。
「背中、上げるまでやってくれる? 仕上げはポーターにさせるから」
 言って、くるりと向きを変える。物問いたげに研究員を見るが、彼はこちらに小さく頷いた。
「難しくはないですよ。ただ、髪を噛ませないようにしてください。ケイさんも痛いですし、気密性に支障が出ますから」
 肩を竦め、ケイの背後に立った。髪を一旦手早く纏める。
「本当に長いんだな。普段は邪魔じゃないのか?」
「慣れだよ、慣れ。こまめに手入れできるだけの時間がなくってね」
 髪を丁寧に、スーツと背中の間に挟む。白い素肌を隠すように広がるそれに気をつけながら、ゆっくりとジッパーを閉めた。
「ありがとう。続きはやりますよ」
 そう言って場所を代わった男が、手際よくスーツの中の空気を抜く。
 着心地を確かめるためか、ケイがその場で一回転した。
 ほっそりとした脚、ふわりと翻る腰回りの布、そして僅かに膨らんだ胸。
 次郎五郎が、眉を寄せた。
「……一つ、確認したいことがある」
「なに?」
 きょとん、としてケイとポーターが視線を向けてきた。

「ひょっとして、俺たちが着てるのも女物なのか?」
「うん」
「はい」
「お前らちょっとはショックを和らげようとかいう配慮はないのか!」
 腰回りにぐるりと布がつけられたスーツを着て、次郎五郎が怒声を上げた。
「仕方ないでしょ。使えそうな開発中のスーツがこの三着しかなかったんだから」
「ヘルメットかぶったら、中が誰だかなんて判りませんよ。気にしなくても大丈夫」
「いや色々とそういう問題じゃないんだが……」
 がくり、と兄弟揃ってソファに座りこむ。
「ほらほら、用意がまだでしょ。メットと銃をちゃんとつけて」
 傷心の二人には構わず、ケイはどさりとテーブルに荷物を広げた。
 本来、非戦闘員であるケイの同行を拒めない理由の一つがこれだった。
 勿論、今回の作戦が極秘である以上、敵以上にまずは味方を欺かなくてはならない。対処するのは事情に通じているケイが適任だった。
 しかしそれ以上に、兄弟は現在自分の身を守れるかどうかすら確信が持てなかったのだ。
 彼らの愛用する剣は、前日に没収されてしまっている。
 そして、異星人相手には剣よりも光線銃の方がいい、と力説され、また剣を保管庫から持ってくることは不可能だと諭されてしまったのだ。
 昨夜、一時間ほど試し撃ちしてみたものの、上手く扱える自信などない。
 兄弟は憂鬱な瞳で銃を見つめた。



 夜明け前の空気がぴんと張りつめる。
 歩哨が、差し出された紙を広げた。
「レンジャースーツの最終チェックのための外部演習か。申請は『コーラル』、『チャコール』、『オーキッド』……。これは、スーツの名称じゃないのか?」
 不審そうに、歩哨は彼らを見下ろした。
「スーツ着用者の姓名は、現在機密事項です。全ての手続きはスーツの名称で行われることになっています」
 きっぱりと『コーラル』が告げる。そうか、と口の中でもごもごと呟いて、歩哨は門扉へと向かった。
 鈍い音と共に、シャッターが開く。
 三人は、薄闇の中へ姿を消した。

「うまく行ったのか……?」
 吐息を漏らしつつ、九十朗が呟く。
「気を抜かないで。奴らはすぐに出てくるから」
 銃を構え、『コーラル』のスーツを纏ったケイが警告する。
「奴らって、異星人か?」
 大岩を背にするように、じりじりと進む。岩の端まできた次郎五郎が、そっと向こう側を覗きこむ。
 瞬間、鋭く息を飲み、身体を翻した。
「どうかした?」
「……いた……かもしれない。銀色の身体の」
「それだね。ちょっと運が悪い。空を飛ぶ方だとこっちが不利だ」
「人間じゃないか!」
 声を押し殺して、叫ぶ。ケイは一瞬何を言われたのか判っていないようだった。
「人間じゃないよ。異星人。ちゃんと話聞いてた?」
「聞いてたさ! だけど、手が二本で、足が二本で、立って歩く! そんな奴だなんてことは聞いてない!」
 そろり、と九十朗が次郎五郎の傍から覗きこむ。敵の姿を認めたのか、その顔が曇った。
「あー、ちょっとこれは無理だ。俺たちにはできないかもしれない」
「何なのさ、それ」
「俺たちは、人を殺せない。何があってもそれは譲れることじゃないんだ」
 ずる、と『オーキッド』の身体が地面にずり落ちた。そのまま、吐き捨てるように、次郎五郎が告げる。
「どう見たってあれは人間じゃないよ。違う?」
「証明できるのかよ!」
「できるよ! 奴らをいくら殺しても、街へ……基地へ、復活してはこない。この大陸の守護魔法に護られた存在じゃないからさ!」
 ケイの言葉に、九十朗が詰まった。だが、次郎五郎は退かない。
「それは奴らが人間じゃないって証明にはならない。奴らは元々ここの大陸固有の種ではないんだろう。だったら、奴らが死んだら、その身体は奴らの出身地へ戻されるのかもしれない。違うか?」
 今度はケイが絶句する番だった。静かに、次郎五郎は続ける。
「そもそも、理論的なものじゃないんだ。人を殺す方へ、俺たちは身体が動かないんだよ。よっぽどのことがなければ、その箍は外れない」
 握りしめていた銃から、手を離す。このヘルメットは、口元が露出している。浮かべている自嘲が見られないように、深く俯いた。
「牽制はできる。身を護ることもできる。剣があれば。だけど、銃じゃ無理だ。これは、当たるか外れるかしかしない武器だ。当たれば、人が死ぬ、武器だ。……俺たちには無理だよ」
 重い沈黙が、満ちる。
 直後、岩の向こう側が騒がしくなった。
「気づかれた……!?」
「騒ぎすぎたんだ」
 舌打ちして、ケイが銃を構えた。
「仕方ない、最低限の援護をするから、ここから出て右の奥へ続く道を進んで! 奴らは足が遅い。できる限り振り切るよ!」
 素早く立ち上がり、彼らは敵の前へ飛び出した。


 十数分走り続け、ようやく三人は足を止めた。
「大丈夫か?」
 次郎五郎が気遣うが、ケイは素っ気なく手を振った。
「エンジニアでも、基地に勤めてる以上、基本的な訓練は受けてる。大丈夫だよ」
 頷いて、周囲を見渡す。
 明るくなってきた空の下に広がるのは、草原だった。ところどころに小さな木立があり、同じぐらいの頻度で巨石が横たわっている。
「こっち側に出る異星人は、先刻のとは違う種族だから。どう見ても、人間には見えないよ。……その方が、楽でしょ?」
「……すまない」
 皮肉で言った言葉に、真面目に頭を下げられて、ケイが僅かに慌てる。
「あの岩は何なんだ?」
 周囲を見回していた九十朗が、不思議そうに尋ねた。
「ああ。近くに行けば判るけど、表面に絵が彫られている。絵というか、線だね。かなり単純なものなんだけど、一体何なのかはまだ判ってないんだ」
 ふらりと、手近な岩へと向かう。見上げるほど巨大なそれには、確かに絵が描かれていた。
 稚拙なそれは、しかしはっきりと人の形を描いていた。
「他にも色々あるよ。敵と会ってない時に、見てみたらいい」
 そう言うと、ケイはさっさと足を進めた。こちらを気遣ってはいるのだろうが、やはり同志の行方が気になるのだろう。二人も迷わずそれに続く。
 この辺りに出没したのは、確かに人間型ではなかった。複数の足を持ち、体表が濃い紫色をした奇妙な生物だ。しかしそれらは光線銃を向けてきたり、機械を駆使していたりとやはり通常のモンスターにはない知性があるようだ。
 普段に比べるとやや怯みがちではあったが、兄弟は確実に支障なく任務を続けていた。

「……ひょっとして、あれか……?」
 一際高い丘の上から遠くを見て、九十朗が呟く。
 草原には、古びた巨大な機械めいたものがよく埋もれていた。しかし、今見つけたものはやや新しげに見える。
「どこらへん? よく見えない」
 爪先立ちして、ケイが目の上に手庇を作る。九十朗の目の良さは、飛び抜けている。それをよく知っている次郎五郎は、自分も見ようという無駄な行動はしなかった。
「明るい黄緑と暗い黄緑の塗装がしてある。木立の影になってるから見えにくいけど、ガラスにちょっと光が反射してる。古い機械には、もうガラスなんてないよな?」
「調査してある分は、ないね。それに、そのカラーリングはロビンソンが乗ってた機体と同じだよ。急ごう」
 彼らが小型艇へ辿りついたのは、午後を回った辺りだった。
 周囲はしんとして、人のいる気配はない。
「ロビンソン! ロビンソン、いるの?」
 ケイの呼びかけも、虚しく空へ消えた。
「避難して離れているなら、声も聞こえないだろう。ここを中心に捜索するしかない」
「うん……」
 不安そうな声を出しながら、小型艇へと向かう。
 コクピットはさほど破損していないようだった。機体後方の貨物室には、慌てて何かを運び出していったような形跡があったが。
「問題はどちらへ向かったかだが……」
「多分、救助隊が来ると思ってるだろうから、無理に基地の方へは行かない。隠れられる場所を探すと思う。だとしたら、どこかに印をつけてあるはずなんだけど……」
 機体の周囲を、ケイは這いつくばるようにして何かを捜していた。
 やがて何を見つけたのか、小さく歓喜の声を上げる。
「向こうに向かったみたい」
 少し離れたところの、大きな木立を示す。
 時々、兄弟にはさっぱり判らない印を捜しながら、彼らは木の下闇を進んだ。
 辿りついたのは、一本の巨木。その根元にあるうろの中に、一枚の毛布と食料を入れていたと思しき袋。
 ここにも人の気配はなかった。
「一体どこに……」
 途方に暮れて、ケイが呟く。
「とにかく、周囲を捜そう。近くにいるかもしれない」
 三人は、声が聞こえる範囲に散開した。
 僅かな風が吹かなければ、それは見落としていただろう。
 視界の端に小さく揺れる動きを察して、次郎五郎が茂みの中を見透かす。動体視力に限れば、彼も弟に匹敵するほどの能力があった。
 そこにあったのは、小さな手帳。
「ケイ!」
 呼びかけに、すぐに相手はこちらへ走ってきた。
「こんなものがあった。読めるか?」
「軍の暗号だね。大丈夫、かなり簡単なものだから」

 −−インクも足りるかどうか判らない。だから簡単に書こう。
 同志諸君よ、私の不在を嘆かないで欲しい。
 私も最初は理解できなかった。あの、光輝く扉に出会うまでは。
 私はより高き使命に従うのだ。
 おそらく、私は二度とこの地へは戻れないだろう。だが、これは断じて死ではない。
 新たなる魂に創造され、より崇高なるものを護るがために、私は旅立つ。
 光輝く扉の向こう側へ。

 最後のロビンソン、という署名まで口にして、ケイは力なく手帳を持つ手を下ろした。
「何……? 訳が判らない」
 無言でいる次郎五郎も、当然判っている訳はない。二人が沈黙していたところに。
「兄貴!」
 全力疾走で、九十朗が飛びこんできた。
「どうした?」
「兄貴、こっち! こっち来て、早く!」
 ぐい、と手を引く。そのただごとでない様子に、次郎五郎は走り出した。
「ちょっと……! 待ってよ!」
 九十朗が兄を導いたのは、すぐ近くにある巨岩だった。
 その岩に描かれていた絵は。
「……とび、ら……?」
 拙い、しかし真っ直ぐに引かれた線で形作られた、両開きの大きな扉。
 そしてその中心には、六枚の羽根を持った隕石が描かれている。
「兄貴、これ……」
「……ああ」
 見覚えが、ある。
 懐かしいあの屋敷にあった、扉。
「しかしどうして、こんなところに……」
 呟きかけて、次郎五郎は勢いよく振り返った。
 真後ろには、ロビンソンが居たであろううろがある。
 その距離、十メートルほど。間に茂みはあるが、おそらくうろからは充分見えるだろう位置だ。
「まさかこれが、光り輝く扉、なのか……?」
 呆然とする次郎五郎を、ようやく追いついてきたケイが不思議そうに眺めていた。

 
2008/05/05 マキッシュ