Here We Go!!
下町

 時折、もう遠いあの日を思う。
 辛いことしか覚えていない、あの小さな村で暮らした日々を。
 それは、きっと、今がとても幸福であるからなのだろう。
 そう考えれば、この小さな胸の痛みも和らぐような、そんな気がする。



 空の端を、滲むように夕焼けが広がる。
 昼間もさほど暖かくはなかったが、一分毎に空気は冷えていった。
 濡れた甕を持つひび割れた指先に風が沁みて、サクラコは悲しげに眉を寄せた。
 水汲みがこんな時間になってしまったのは、誤算だった。
 義母からいいつけられた用事が長引いてしまったのだ。それは、明らかにただの思いつきでしかなかったが、しかし無視はできない。
 これから陽は沈む一方だ。水は、村の中にある汲み場ではなく少し離れた上流から汲むようにと言われている。陽が沈んだ後に、重い水甕を持って足場の悪い道を戻ることを考えて気持ちが沈む。
 ため息をついて、村の中を流れる小川に沿って歩く。行き違った数人の村人は、気の毒そうな目で見てきたものの、手伝いを申し出てくれることはない。
 皆忙しいのだ。この程度のこと、子供でもできる仕事である。
 そして何より、義母と関わりたくないのだろう。
 もう一つため息をついて、足を進める。

 森の中へ少し入った場所に、水を汲むのにちょうどいい場所がある。
 少女は慣れた仕草で川端に屈んだ。
 甕を持ち直した瞬間、指先に新たな痛みが走る。
「いた……っ!」
 見ると、甕の口が一部欠けていた。そこで切ってしまったらしい。ぱっくりと開いた傷口から赤い血が滲む。
 ぺたん、と少女は地面に座りこんだ。ぽろぽろと涙が頬を伝い落ちる。
 痛みだけではなかった。
 破れを繕い、ようやく着られる服、傷だらけの手足、一日の殆どを占める雑用、そして少なく粗末な食事。
 母が生きていた頃は、こんなことはなかった。
 全てがひたすらに惨めで、彼女は嗚咽を堪えながらその場に蹲っていた。

 やがて。
「どうかしたのか……?」
 静かな声をかけられて、サクラコは鋭く顔を上げた。

 泣き暮れた間に、どれほどの時間が経ったのだろうか。木下闇は既にかなり深い。その上、霧まで出てきている。
 ぼんやりと見える人影は、おそらくかなり近い。
「だ……誰?」
 震える声で、問いかける。
「怪しい者じゃない。ただの冒険者だ」
「ぼうけん……しゃ?」
 聞き覚えのない名前に、訝しさが募る。

 がさ、と草を踏み分けて姿を見せたのは、二人の少年だった。
 背の高さはさほど変わらないが、一人は薄手の服、一人は鎧を身につけている。
「怪我、してるのか?」
 鎧を着た黒髪の少年が、ふいに尋ねる。
「え……、いえ、大したことは」
 慌てて告げるが、二人は近づいてくる。もう一人の銀髪の少年が、そっと手を取った。サクラコの手を目にして、眉を寄せる。
 荒れた手に、サクラコが思わず赤面する。
 だが、銀髪の少年が取り出したナイフに、身を竦めた。
「きゃ……!」
「大丈夫だ。傷はつけない」
 怯えさせないためか、ゆっくりとナイフの腹の部分が両手の指先に乗せられる。ひやりとした感触が、一瞬の後に柔らかな暖かさに変化した。
「……え?」
 同時に、今まで感じていた痛みがすっと消える。見開いた瞳の先で、傷口とあかぎれとが綺麗に消えていった。
「うまくいったか?」
 黒髪の少年が後ろから覗きこみながら尋ねる。
「ああ」
「次郎の技は便利だけど、傷治すのに武器使わないといけないってのは変だよなぁ」
「魔法使いだって杖を使うだろ」
 やや憮然としたように返すと、次郎と呼ばれた少年はサクラコの顔を見つめた。
「どこか他に痛いところは?」
「いえ……。ありがとう」
 頷いて、少年はナイフをしまった。
「それにしても、どうしてこんな時間にこんなところに? もう陽も落ちてるし、早く家に帰った方がいいんじゃないか」
「それは、水を汲みにきて」
 サクラコの言葉に、黒髪の少年が周囲を見回す。傍らに甕が落ちているのを認めて、ひょいと持ち上げた。
「あ、あの……」
「俺が汲んでやるよ。重くなるだろ」
 手慣れたように川から水を汲み上げる。その甕を軽々と持ち上げるのをみて、サクラコは内心驚いた。
 自分が水を満たした甕を持つのは無理ではないが、相当辛い。
 やはり同じぐらいの年齢とはいえ、力は全然違うのだ。
「鎧にぶつけて割るなよ、九十朗」
 薄く笑いながら、次郎はサクラコへ手を差しのべた。
「村まで送っていくよ。近いのか?」

 森の中を歩きながら、少し話をした。
 彼らは色々な街を旅していて、今日この土地に着いたのだという。
「ここは本当になにもない村だから……。貴方たちに楽しんで貰えることはないと思うわ」
 少し俯いてそう言うと、そんなことはない、と次郎が返す。
 社交辞令だとしても、その言葉は嬉しかった。
 村の門が霧の向こうに見えてくると、少し名残惜しい気分すら感じる。
「二人とも、今日の宿は決まっているの?」
「いや。俺たちは村には泊まらないよ」
 何気なく訊いた言葉にそう返されて、思わず足を止める。
「ここからなら家まで戻るのは大丈夫か?」
 頷くと、そっと甕を手渡された。
「気をつけて帰れよ」
 数歩、歩いてから振り返ると、既に二人の姿は闇と霧の間に紛れつつあった。



 目が覚めたのは、夜明け前だった。
 台所で熾になっていた火を起こす。ぼんやりと明るくなった視界で、しげしげと指先を見つめた。
 その肌には、傷一つ見あたらない。
 嬉しそうに笑みを零すと、サクラコは仕事にとりかかった。

 義母が起きてきたのは、もう陽も高く昇った頃だった。
「……何をにやにやしてるのさ」
 何が気に食わないのか、朝食を摂りながらそう尋ねてくる。
「え……、いいえ、何も」
 指先を掌に握りこんで、顔を引き締める。ふぅん、と言いながら義母はまだ疑わしげにこちらを見ていた。
「あーあ。何か面白いことでもないかねぇ……」
 だらしなく椅子の背にもたれかかりながら、そう呟く。窓の外を眺めていた義母は、やがてにやりと笑みを浮かべた。
「そうだ、そろそろ季節だから、お前、今日の夜までにヨモギの餅を作っておいておくれよ」
「え?」
 思いもしなかった言葉に、驚愕する。
 ヨモギ餅には、材料としてヨモギが必要だ。しかし、この近年、村の周囲には僅かしか生えなくなっている。村人がこぞって採るので、それすらもうないかもしれない。
「勿論、質のいい美味しいものを沢山お使いよ。ああ、楽しみだねぇ」
 笑い声を上げる義母に、サクラコは顔を伏せて唇を噛みしめた。


 森の入口に立って、おずおずと奥をのぞき見る。
 曇り空のせいか、まだ昼間だというのに森の中は酷く暗い。
 この奥には、まだヨモギも生えているかもしれない。獣たちは水汲み場辺りでは見かけないし、その少し先ぐらいなら、まだ大丈夫だろう。
 籠を手に、サクラコは意を決して歩き出した。

 下生えの間から顔を出すヨモギを摘み取る。
 思った以上に採れた量が少ない。少女は地面に視線を下ろしたまま、数歩先へ進んだ。
 また屈みこみ、緑の葉に触れたとき。
 視界の隅に獣の足先を認め、少女は悲鳴を上げた。

 ……息が苦しい。胸が裂けそうに痛む。額から流れる冷や汗が目に沁みるが、拭う余裕などない。
 森の中を闇雲に駆けていたサクラコは、爪先を木の根に引っかけた。何とか倒れこむことは免れたものの、手にしていた籠を落としてしまう。
「あ……っ!」
 地面に散乱したヨモギに、一瞬足が止まる。
 そして、すぐ背後から響いた唸り声に身体が凍りついた。
 肩越しに向けた視線の先で、黄色の瞳が少女をひたりと見据えていた。
「あ……や……」
 身体に響く吠え声に、脚の力が抜ける。
 為す術のない少女へ、獣は躍りかかった。

「……飛べ、九十朗!」
 横合いから声が発せられたと同時、藪を分ける騒々しい音が響く。
 鎧姿の少年が、空中の獣へと飛びかかったのだ。
 だが、剣は彼の腰に下げられており、手には何の武器も握られていない。
 と、少年の背後から銀色の閃光が奔った。
 自分を追い越していくそれを、無造作に籠手をつけた手で掴み、少年は獣の頭へ自分の勢いごと突き刺した。
 目の前を、獣と少年とがもつれあって横切り、樹の影へと倒れこむ。
 ぽかん、とその様子を見ていたサクラコに、手が差しのべられた。
 銀髪の少年が、昨夜のようにサクラコの隣に立っている。
 昨夜と違うのは、彼が汗まみれで息を切らしていることだろう。
「おー、次郎、早いじゃん」
 細身の剣を血振るいながら、黒髪の少年が現れる。どう見ても運動量の激しかった彼は、息ひとつ乱してはいない。
「……るさ、い。おま……が、早すぎ、なんだ」
 くすりと笑って、サクラコはその手を掴んだ。少女を立ち上がらせるその動きには淀みがない。
「間に合ったんだから、いいだろ。……ありがと」
 肩を竦めて、次郎へと剣を差し出す。頷いて、彼は剣を鞘へと滑り落とした。
「怪我はない?」
 視線を向けられて問いかけられるのに、慌てて頭を下げる。
「あ、はい。ありがとうございます、何度も」
「悲鳴が聞こえたからさ。無事ならよかった」
 どうやら落ち着いたのか、次郎が訝しげな顔で問いかける。
「こんな森の奥で、何をやってたんだ? 昨日会ったぐらいの場所ならまだモンスターも出ないだろうが、ここまで普通の女の子が一人で来るなんて、自殺行為だ」
「それは……、その、ヨモギを採りに」
「ヨモギ?」
 頷いて、落ちていた籠を手にする。幾らか散らばってしまったヨモギを拾い集めた。
「そんなものが、自分の命よりも大事か?」
「……ええ。義母の命令ですから」
 平坦な声で返されて、少年が眉を寄せる。
 数秒間顔を見合わせて、二人の少年は心を決めたようだった。
「判ったよ。必要分集まるまでつきあうからさ」

 少年たちがいる間は、獣も警戒するのか姿を見せることはなく、サクラコは思ったよりも早くヨモギを集めることができた。
 夕方になる少し前に、森の出口に辿りつく。夜までにヨモギ餅を作っておくことは無理ではない。
「ありがとう……本当に」
「……いや」
「気をつけて」
 大事に籠を抱えて、ぺこり、と頭を下げる。
 顔を上げると、徐々に濃くなる暗がりと、今日も出てきた霧の中に、少年たちの姿は消えてしまっていた。


 夜遅くになって帰宅した義母は、胡散臭そうな目で山盛りのヨモギ餅を見下ろした。
 何やらぶつぶつ呟きながら、面白くなさそうな顔でそれを食べるのを、台所の隅で繕いものをしながらサクラコはちらちらと見ていた。
 いつもそうなのだ。義母のいいつけを守っても、彼女はいつも不機嫌になる。
 礼を言って欲しい訳ではない。そんな望みはもう随分昔に捨てた。
 それでも。
 溜め息をついて、少女は手の中の布へ視線を落とした。

「起きな、サクラコ」
 真夜中に、突然身体を揺さぶられ、サクラコは一瞬で覚醒した。
「は……はい」
 ここで返事に時間を取られては、また叱られてしまう。何度も経験して、それはよく判っていた。
 すぐにきちんと正座した少女に、義母は眉を寄せた。
「ちょっと思い出したことがあるんだけどね。うちの畑の北東に、何も植わってない場所があるだろう?」
 はっとして視線をあげる。そこは。
「勿体ないから、そろそろ何か植えようと思ってたんだ。お前、ちょっと明日草刈りをしておいておくれよ」
「でも、あそこは、母さんの花壇で……!」
 反射的に声を上げたサクラコの胸倉を、乱暴に義母が掴み上げた。
「お前の母親はもう何年も前に死んだじゃないか! コブ付きのお前の父親と結婚して、すぐに倒れたあいつの面倒を見てやった恩を忘れたっていうのかい? もうお前の親はこの世にいないんだよ!」
「ご……ごめんなさい……」
 弱々しく謝る姿が、余計に気に障ったらしい。白い手に更に力が入る。
「もう、この家も土地も全部私のものなんだ! お前のいる場所なんて、本当はどこにもないんだよ! それを可哀想だと思っておいてやってるんじゃないか。全く恩知らずな娘だよ、お前は!」
 勢いよく、少女の身体を床に叩きつける。身体を縮め、俯いている少女を義母は苦々しげに眺めた。
 数秒間沈黙して、これみよがしに溜め息をつく。
「ああ、そうだ。縁起がいいから、森の奥にある祠に奉納した鎌を使って刈るといい。どうせ次の祭りには新しく奉納するんだから、ちょっと拝借しても構わないだろうよ。いいね?」
「…………………………はい」
 おとなしく返事をする少女をもう一度睨みつけて、義母は部屋を出て行った。
 少女は蹲ったまま、しばらく動こうとしなかった。


 今夜は月が出ていない。
 ふらり、と少女は森の中へ足を踏み入れた。
 祠は、今日ヨモギを摘みに行った場所よりもずっとずっと奥にある。
 祭りの時のように、村人が総出で行かなくては、すぐに獣に襲われてしまうだろう。
 しかし、少女はそんなことを気にしてはいなかった。
 義母の命令は、日に日に無茶なものになっていた。
 それは、この先ずっと続くのだろう。
 今後何十年もの生活と、この夜に森で獣に襲われてこの生が終わることと、どちらが劣るかという判断など今の彼女にはつかなかった。
 半ば呆けた表情で、少女は足を進めていく。
 どれほどの距離を進んだのだろうか。
 突然、ぐい、と腕を掴まれる。
「……何をやってるんだ!」
 暗闇の中に、ぼんやりと浮かぶのは、長めの銀髪の少年。
「あ……」
 我に返ったように、数度瞬く。
「こんな夜中に、こんな場所に出てくるなんて、正気の沙汰じゃない! あんたは何を考えてるんだ?」
 獣に気づかれないようにだろう、低く押し殺した声で囁かれる。
「……次郎くん」
 ただ名前を呼ばれて、次郎は僅かに肩を落とした。
「ちょっと、こっちに来いよ」
「え……でも、わたし用事が」
「いいから」
 強引に手を引かれて藪を分けた先には、小さな焚き火があった。九十朗らしき少年が毛布にくるまって寝ている。
「起きろよ九十朗」
 爪先で軽くつつくと、すぐに九十朗は目を開いた。
「あれ……。どうしたんだ、こんなとこに」
 きょとん、としてこちらを見上げてくる。
 乱暴な起こし方に気を悪くしている風でもない。
「森の中をふらふら歩いてたのを見つけたんだよ」
 憮然とした表情で、次郎が告げる。苦笑して、九十朗は自分の毛布を広げ、その上を軽く叩いてみせた。
 すとん、とそこに座ると、二人の顔を見つめる。
「で、あんた一体なんでこんなとこに」
「嫌じゃないんですか?」
 するり、とその言葉が飛び出した。
「え?」
「いや訊いてるのはこっちなんだけど」
「蹴られて起こされるとか、嫌な気持ちしないんですか?」
 少年たちの問いかけの言葉は、殆ど意識に残らない。ただ、自分の疑問だけを口にする。
「いや……別に。兄貴だし」
「そんな繊細な神経してないからな、お前は」
「次郎だって。蹴られて起こされるのが乱暴だっていうなら、次郎を起こす時とかそれどころの騒ぎじゃないだろ」
 僅かな笑みを含んで交わされるやりとりを、ぼんやりと見つめる。
 ……ああ、そうか。
 自分と義母の両方に足りないものをそこにはっきりと認めて、視界が歪んだ。
「え……ちょっと」
 俯き、静かに涙を零す少女に、慌てたように声をかける。
 声を震わせながら、少女はぽつりぽつりと話を始めた。

 兄弟は、ずっと黙ってそれを聞いていた。
 ひとしきり話が終わり、涙が治まっても、彼らの沈黙は続いた。
 むしろあからさまに同情されないことが、少し嬉しかった。
「……よし」
 やがて、九十朗が片膝を立てて呟いた。
「その祠から、きっちり鎌を持ってきて、あんたの母親の前に叩きつけてやろうぜ」
「え……? いえ、そんなご迷惑をかけることは」
「あんた一人で行けるとこじゃないだろうが」
 慌てて断るサクラコに、更に言いつのる。
「落ち着け、九十朗」
 だが、次郎は眉間に皺を寄せて、それを制止した。
「一矢報いてやりたいという気持ちは判るが……、それで何が解決する訳でもないだろう。それより」
 少年は、じっと何かを確かめるかのように、少女を見つめた。
「あんた、俺たちと一緒に来ないか?」

「……え?」
「俺たちは冒険者だ。街から街へ旅をしている。こうやって野宿もするし、一日中歩き続けることだって珍しくない。帰る家があるわけじゃない。あんたの安全を保証してやることなんてできない。……だけど、ここから逃げ出したいと思うなら、手助けぐらいはしてやるよ」
 ……逃げ出す。
 この小さな村から。
 あの、意地の悪い義母から。
「逃げても……いいのかしら」
「あんたの人生だ。いい方へ行けばいい」
 ここから逃げて、そして。

「……連れて行って。お願い」


 夢のような日々が待っている。
 見たことのない街。数々の冒険。想像もできないほどの宝物。高貴な人々との交流。
 ああ、そして、そして。

 そして、幸福になるのだ。


 ぱたん、と小さな音がする。
 沈痛な表情で、兄弟は毛布の上に伏せられた一冊の本を見つめていた。

 この土地に来る前に立ち寄った図書館で、彼らは一つの頼み事をされていた。
 所蔵されていた童話の中の話とそっくりそのままの村がある。どうやら、以前に盗まれたその本の中身が零れだしているらしい。
 何とか、本を取り戻しては貰えないだろうか、と。
 そっと、九十朗が童話を取り上げる。
 表紙に佇む少女の絵には、つい先ほど見せた、溢れるほどの幸せそうな笑顔は見られなかった。
「……行くぞ、九十朗」
 小さな焚き火に土をかけて消しながら、次郎五郎が声をかける。
 暗い瞳で頷いた少年は、しかし意外な言葉を呟いた。
「……なあ、次郎。俺たちもあの娘みたいに、何かの話の中で生きてるんだったら、どうする?」
 いや、意外ではなかった。だから、するりと返事は出てきた。
「そんなこと、ある訳ないだろう。俺もお前も、ここにいる。あの人だって、ちゃんといたんだ。俺たちはそれをちゃんと知ってる」
「……うん」
 それは、決して確証ではなかったけれど。
 しかし、この不確かな世界の中で唯一の確信だった。

 少年たちが、森の中を進む。
 その姿を、霧が静かに覆い隠した。


 ここは、『下町』。
 物語の中の世界が広がる小さな村だった。

 
2008/08/20 マキッシュ